大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和41年(オ)10号 判決 1968年4月24日

上告人

一色商事株式会社

代理人

福井正二

被上告人

岩本産業株式会社

代理人

小栗孝夫

復代理人

飯田孝朗

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人福井正二の上告理由について。

民法は、法律行為の代理について、代理人が本人のためにすることを示して意思表示をしなければ、本人に対しその効力を生じないものとして、いわゆる顕名主義を採用している(同法九九条一項)が、商法は、本人のための商行為の代理については、代理人が本人のためにすることを示さなくても、その行為は本人に対して効力を生ずるものとして、顕名主義に対する例外を認めている(同法五〇四条本文)のである。これは、営業主が商業使用人を使用して大量的、継続的取引をするのを通常とする商取引において、いちいち、本人の名を示すことは煩難であり、取引の敏活を害する虞れがある一方、相手方においても、その取引が営業主のためされたものであることを知つている場合が多い等の事由により、簡易、迅速を期する便宜のために、とくに商行為の代理について認められた例外であると解される。

しかし、この非顕名主義を徹底させるときは、相手方が本人のためにすることを知らなかつた場合に代理人を本人と信じて取引をした相手方に不測の損害を及ぼす虞れがないとはいえず、かような場合の相手方を保護するため、同条但書は、相手方は代理人に対して履行の請求をすることを妨げないと規定して、相手方の救済を図り、もつて関係当事者間の利害を妥当に調和させているのである。そして、右但書は善意の相手方を保護しようとする趣旨であるが、自らの過失により本人のためにすることを知らなかつた相手方までも保護する必要はないものというべく、したがつて、かような過失ある相手方は、右但書の相手方に包含しないものと解するのが相当である。

かように、代理人に対して履行の請求をすることを妨げないとしている趣旨は、本人と相手方との間には、すでに同条本文の規定によつて、代理に基づく法律関係が生じているのであるが、相手方において、代理人が本人のためにすることを知らなかつたとき(過失により知らなかつたときを除く)は、相手方保護のため、相手方と代理人との間にも右と同一の法律関係が生ずるものとし、相手方は、その選択に従い、本人との法律関係を否定し、代理人との法律関係を主張することを許容したものと解するのが相当であり、相手方が代理人との法律関係を主張したときは、本人は、もはや相手方に対し、右本人相手方間の法律関係の存在を主張することはできないものと解すべきである。もとより、相手方が代理人に対し同人との法律関係を主張するについては、相手方において、本人のためにすることを知らなかつたことを主張し、立証する責任があり、また、代理人において、相手方が本人のためにすることを過失により知らなかつたことを主張し、立証したときは、代理人はその責任を免れるものと解するのが相当である。

しかるに、原判決が「商法第五〇四条本文が適用されるのは相手方において代理人が本人のために行為したことを知りうべかりし場合にかぎる」旨判示したことは、商法五〇四条の解釈を誤つたものであるが、原判決は「本件について……代理関係の存在を認めうべき事情又は外観が全く存在せず相手方たる控訴人において右訴外会社代表者白井利八が被控訴人のために行為したことは到底これを知り得べきでなかつた」旨認定しており、被上告人において、上告人との取引関係を否定し、本件売買契約の一方の当事者は訴外白井通商株式会社であつて上告人ではないとして、右訴外会社との法律関係を主張していることは、記録上明らかであるから、上告人は、被上告人に対し、右訴外会社代表者白井利八の代理行為に基づいて生じた被上告人との間の法律関係を主張することはできないものというべく、右法律関係を前提とする上告人の本訴請求は、理由がないといわなければならない。そうすると、上告人の本訴請求は排斥を免れず、これと同一の結論を示した原判決は、結局相当であつて、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。(横田正俊 入江俊郎 奥野健一 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例